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日本の国家ビジョン

Part1 まずはサンフランシスコへ

 23日の夕方、農薬部門のパーティが会場の一室で行われました。僕はMedical Chemistry部門の口頭発表や、さまざまな部門のポスター発表を見に行く以外は、たいてい多和田教授にくっついていましたから、自然の成り行きで参加しました。
 200人ほどの参加者がいたでしょうか。そこには、今回の学会で研究発表した大学院生も多く出席しており、優秀な発表をしたということで10人ほどの学生が名前を呼ばれて表彰されました。そこで驚いたのですが、その半数以上が中国系なのです。中国・台湾からの留学生なのか、あるいは中国系アメリカ人なのか区別はつきませんが、いずれにせよ、チャイニーズなのです。日本人の参加者は多和田先生など教授クラスの人間だけで、学生とおぼしき日本人は一人もいません。
 今年、ついに中国のGDPが日本のそれを追い越し、世界2位の経済大国になるそうですが、学問の世界でも中国パワーのすごさが目立ちます。そこに出席されていた農薬の分野で日本を代表するA先生で、多和田先生の先輩にあたるのですが、その先生が中国に指導に行かれたときのことを話してくださいました。
 中国は、国家最大の投資先は教育にありということで、「国家五大農薬中心」というものをつくる。たとえば、華東農業大学の現在の学生数は2万5千人だが、これを5年間で倍の5万人にする。しかもこの規模の農学部を、天津南開大学、南京大学、中国農業大学、上海大学につくる。日本円で15兆円の金を当てる。
 農学部だけで5万人の学生を擁する大学を5つ。それだけで25万人。この計画が、どんなに大きいものかは、たとえば日本の東京農業大学の学生総数が1万2千人であることをみれば、よく理解できます。中国の人口が日本の10倍以上であることを考えても、巨大な計画です。何らかの理由で、中国が内部分裂を起こさないかぎり、ちょうど北京オリンピックのように、突貫的にやりあげるでしょう。
 そして、もっと肝腎な点は、こういう断固としたビジョンを中国政府がもっており、世界中にちらばっている華僑も共有しているということなのです。今の日本は、国家の明確なビジョンがまったく欠如しています。明治時代には、良きにしろ、悪しきにせよ、富国強兵という単純でわかりやすい目標がありました。国民はたとえ現在貧しくても、明確なビジョンがある場合、臥薪嘗胆(これも明治時代に、三国干渉のときに使われたスローガンです)しても、艱難辛苦を耐え忍ぶことができます。そして、もとより、日本には華僑にあたるようの、海外在住の豊かな日本人はいません。

 今の中国は、明治時代の日本よりも生活はずっと楽でしょうし、また三国干渉のような屈辱的な政治状況に置かれていません。それでも、まさに読んで字のごとく、中国=世界の中心の国家、になろうという強いビジョンがあります。もう、日本などには目がなく、最大の覇権国家アメリカを凌駕すべく、漢民族が一団となり、それを妨害せんとするいかなる周辺民族の動きも弾圧するという確固とした強い意志があります。目標となるアメリカに大量の留学生を送り込み、アメリカの覇権を支えている知識とテクノロジーをごっそりと中国に持ち帰らせ、コピーし、それでもって、やがて史上最大の覇権国家として、世界に君臨するという野心があります。少なくともハワイより西は中国のものという構図をもっています。

 私たち日本人にとっては、はなはだ厄介な野心なのですが、漢民族にとっては魅力的な野心です。だから、国民が(少なくとも漢民族)は中国共産党についてきます。また、ロシアのプーチンが、邪魔なジャーナリスト殺害という言論の自由を封殺する蛮行を平気で行っても人気があるのは、彼は今、強いロシアを復活させていることを、ロシア人たちが暗黙のうちに了解しているからです。いいかえれば、強いロシアを望むロシア人たちそのものがプーチンの共犯者なのです。

 しかし、日本は国家としていったいどこに向かうかの決定的なビジョンにまったく欠如しています。また、国民の間にも、日本はどうあるべきかの暗黙のコンセンサスさえ存在しないのです。いったい、誰が日本の首相と暗黙の共犯者になろうとするでしょうか。さらに、首相自身さえ、日本をどこに向かわせるかという明確なビジョンがないのです。
 困ったもんだ、だから、ワシを首相にせい!とはいいませんが、日本人よ、偉大なる国家目標を持てとは言いたい。しかし、そうは言うものの、日本のこれからあるべきビジョンは何だときかれると、はたと、困ってしまいます。
 富国強兵、アジアの盟主、八紘一宇、北方領土返還・・・憲法記念日に、装甲車を御堂筋に走らせ、軍歌を鳴らす、軍服姿の右翼のおじさんやお兄さんの絶叫は、北方領土返還だけには賛成しますが、あとはついていけません。

 私たちほとんどの日本人は、政治的には世界の覇権を握ろうというような野心はひとかけらもなく、強い日本にもまったく興味はなく、経済的にもGDPで中国に抜かれようと、抜かれまいと、ほとんど無関心です。中国の人口は日本の10倍以上ですから、中国の経済が大きくなるのは当たり前のことでしょうということなのです。そして、個々人が、蛸壺の中に入り込み、PCを相手にしながら、自分なりのささやかな夢をむさぼる軟体動物に変貌してしまったのです。


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