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文化という外交力

Part1 まずはサンフランシスコへ

 彼は、アメリカは文化的に無知蒙昧の国であり、アメリカ人は暗愚な未開人であると、今でもこき下ろしています。ちなみに、彼は英語がめちゃくちゃに下手くそです。必要に迫られて、いやいやしゃべるだけなのです。子供のころから日本人が英会話学校に通わされることが理解できないのです。あんな野蛮人がしゃべる言葉なんぞ学ぶ必要はないという姿勢です(僕も実はそう考えています。しかし、他の理由で、医学的な見地からです。特に早期の英語教育は問題があります。大切な日本語脳の発達を阻害する恐れがあるからです。英語脳にする必要はありません。英語脳はうつ病の発生を多くします。これは、いつか機会があれば、詳しく話しましょう。また、日本語を非論理的な言語だというバカの壁の向こうを行くドアホも恥を知っていただきたい。極めて論理的な言語です)。
  「文化力」は「外交力」の重要な構成要素です。たとえば、「天皇制」という伝統とそれにまつわる文化。この一見すると前近代的と見える制度のもとに発展した世界最先端のハイテク社会。この組み合わせは外国人にとって非常に神秘であり不気味なものなのです。もし、日本に戦争をしかけた場合、日本人はいったいどのような行動をとるか、外国人には予測がつかないのです。彼らにとって最悪のシナリオは、日本人が天皇のもとに一致団結して、またたくまに彼らの核兵器以上の兵器を造りだし、逆襲することです(少なくとも北朝鮮のデポドン以上の核ミサイルはすぐにつくれるでしょう!)。
  今さら、天皇陛下のもとに一致団結するメンタリティーを、特に若い日本人が持っているとは考えにくいのですが、外敵の侵略があれば、自然発生的には日本人は団結するでしょう。それを侵略者たちは、天皇のもとでの団結だととらえます。それは彼らがいだく一種の幻想ですが、天皇制という文化装置は、そういう幻想を抱かせやすいのです。あいつら日本人は、非常事態に陥ると、エンペラーのもとに集結して何をしでかすかわからない。しかも、すぐにでも核兵器か生物・化学兵器をつくる能力を十二分にもっているという恐ろしさなのです。 この幻想から生じる恐怖感は、一種の抑止力になります。現実に核兵器を持っているほど強い抑止力はありませんが、かなり強力な抑止力です。したがって、日本を侵略しようとすれば、一瞬のうちに占領するか破壊するしかないということになります。しかし、それには膨大な費用と、周到な計画が必要です。
  また、破壊しては、あまり意味がありません。破壊せず支配下におき、テクノロジーを奪い、日本人を一段ランクの低い社会的地位に落とし、こき使うだけこき使い、富を収奪することなのです(現に今のチベットにおけるチベット人の社会的地位は、そういうふうになっています。この前暴動あったウイグルでも同じです)。したがって、破壊ではなく、占領です。
  これには時間がかかります。一気に日本全土を占領するのは不可能です。沖縄から、北海道から、一つ一つ占領していくしかありません。
  (もっとも、東京を核攻撃で破壊し、中枢からの指揮系統を麻痺させて、沖縄、対馬、敦賀、新潟、青森、網走、知床あたりから、いっせいに軍を上陸させていくという作戦を取られると、かなり日本は危ない。ですから、非常時の指揮系統をきわめて綿密に準備し、有事の際、兵器を製造できる場所を分散させておくことが必要となります。これは軍備拡張となどとはまったく関係のないことで、国家として当たり前のことです。しかし、はたしてそれがきっちりとなされているのでしょうか?)
  仮に、ロシアが北海道に侵攻するなり、中国が沖縄を占領したとします。おそらく、日本の世論は極めて短期間に、核武装を受けつけるでしょう。ロシアや中国が日本を侵略しないのは、日本がアメリカの核の傘下にあるためではないのです。非常事態にアメリカが日本を守らないことくらい、中国もロシアも熟知しています。知らないのは日本の政治家くらいです。ひょっとすると、すでに米中不可侵条約くらい秘密裏にできているかもしれません。中国が東京に核を落としたからといって、アメリカが北京を核攻撃するようなことは絶対といっていいほど、ありえません。
  日本の安全が今、かろうじて守られているのは、彼ら毒物民族たちが日本に抱いている、この不気味な恐怖感なのです。怪しいつかみどころのない、毒物さえ上回る、神経を麻痺させる、化学兵器なみの不気味さなのです。「天皇制+テクノロジー」は、ハイテクで武装した大日本帝国の再来という恐怖を伴った幻想を、彼らに抱かせるのです。
  天皇制について議論をできるほどの知識を僕はまったく持ちあわておりません。とにかく、僕の専門は医学における代替療法・自然療法で、天皇制の是非については、本当にわかりません。しかし、少なくとも今述べたように、一種の抑止力とはなっていることは確かでしょう。しかし、天皇制だけでは、彼らは恐怖感を抱きません。重要なのは、天皇制とそれに結びついたハイテク産業社会なのです。
  よく、日本人の意識調査で、とくに若い人たちの愛国心のなさが、他国と比べて極めて低いと出てきており、それを嘆く識者が多いものです。しかし、これほどバカバカしい調査はありません。「もし戦争がおこれば、あなたは国を守ろうとして戦いますか?」という問い自体が極めてナンセンスです。そもそも、もし戦争がおこればという「想定」と、実際に戦争が起きたときの「現実」には、1000倍の差があります。現実に、その場に居合わせなければ、人はどのように行動するか、ほとんど未知なのです。架空のゲーム感覚で質問を受けているようなものなのです。
  韓国の場合、75%の若者が、銃をとって立ち上がるといような結果がでており、日本人の若者は15%しかそうでない、などといって嘆く必要はありません。現実には、僕はむしろ逆ではないかとすら思います。なぜか? 韓国の場合は、カナダ、オーストラリア、アメリカなどに、数多くの親戚を持っています。それらの親戚を頼って、かなり簡単に外国へ逃げることができます。ところが、日本人の多くの若者の場合、生きていく場所は日本しかないのです。逃げる場所がない場合、愛国心をとやかく論ずる時間もへったくれもありません、戦うしかないのです。
  このへんでそろそろ、日本のビジョンが見えてきました。つまり、日本の安全保障は、今のハイテク社会をさらに発展させ、中国・ロシアには決して追いつけなく、アメリカをも分野によってははるかに凌駕するテクノロジーを持ち続けるしかないのです。
  それには、ちょうど今中国が、国家最大の投資先は教育にありということで、膨大な資金を教育に注いでいるように、もっと教育機関に、研究所に、国家予算を振り向けることであり、国家のビジョンとしては、世界最高のハイテク社会を築くことではないでしょうか。


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