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マラニョン川

Part3 ペルー

 26日、いよいよ今日は、アマゾン河の上流の一つマラニョン川をさかのぼり、最もアマゾンらしいところに行きます。と、言っても所詮、観光であり、先住民が住んでいるような奥深いところでもなく、またサチャインチオイル探索とはあまり関係ありません。イキトスでは経験できない、観光客が行ける可能なかぎりアマゾンの大自然に近い場所に行こうという、東江さんのご厚意によるものです。
東江さんの長年の友人であるイタリア系移民三世のペルー人ロベルト・ロトンドさんが、マラニョン川のジャングルの中にホテルを持っておられ、今日は、そこに泊まりに行くのです。彼は欧米の観光客用に巨大なクルーザーを3隻も所有している大富豪です。先住民の部落近くに10部屋はあるホテル「アマゾンロッジ」も経営しています。
午前11時ごろ朝昼兼用の食事をとったあと、ロベルトさんがアレンジしてくださった自動車で、マラニョン川の船着き場の町ナウタまで一時間近く南南西に走ります。道路はアスファルト舗装されており、かなりのスピードで飛ばせます。アマゾンのペルー側では、唯一舗装された道路ということです。

 これはフジモリ元大統領がつくったそうです。2005年にこの道路が完成されるまでは、ナウタからイキトスまで行くには、アマゾン川を船で行くしかなく、約12時間はかかったそうです。インドネシアの田舎町という雰囲気で、良きにしろ、悪しきにしろ、何にもない町です。ひなびた船着き場の民家に洗濯物がたくさん干されているのが印象的です。   ナウタではドコモの携帯はまだ使えます。電波受信の3本の表示があり、十分に日本とさえ交信できるのです。 しかし、これからアマゾン川の奥に入っていくわけですから、まず、電波は入らないでしょう。メイルが入っていないかどうかチェックしました。急いで返答するメイルは入っていません。
 たった二日間ですが、完全に日本の雑事から自由になれるのです。これが本当の休暇というものでしょう。船着き場には小さなボートが、東江さんと僕のために、待っていました。もちろん、ロベルトさんがアレンジしてくださっているのです。

 空はどんよりと曇り、小雨まで降り、川はカフェー・オーレのように濁り、熱帯の鮮やかな原色はありません。僕たちが着けている橙色の救命胴衣だけが、際立った色です。遡航ですから、50分ほどかかります。材木を運ぶ船や、面白いのはヤシの葉を満載した船とすれ違います。

 ペルーでは茅葺の代わりに、ヤシの葉で屋根を葺くのです。また、川岸にそって、定期船が航行しています。観光客用の白いクルーザーも見えます。流木が多く、巧みにそれを避けて航行するのですが、それでも、ときどき、「ボコッ」と船底に木が当たる音がします。写真を撮ろうとするのですが、揺れが激しいので、なかなかうまくとれません。

 やがて「PUERTO MARANON」と看板が見えてきます。PuertoとはPortのこと、つまり港、「マラニョン港」というわけです。と、言っても、そこに人々が住み、交易のある港ということではありません。ロベルトさんの広大な私有地の、個人の港なのです。1万ヘクタールほどの実に広い面積が彼の持ち物なのです。

 アマゾン一人占めという感じです。そこには彼のホテル、観光客用の大きな3台のクルーザー、従業員150人ほど、その宿舎、そして、牧場、農地まであり、完全に自給自足できる体制にあります。東江さんは、冗談で、ここを「ロベルト大帝国」と呼んでいます。


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