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シャーマン

Part3 ペルー

 翌朝、近くの部落からシャーマンが来てくれました。シャーマンによる治療を現場で見たかったのですが、時間がないので、話だけでも聞けたらと思い、東江さんに頼んでいたのです。 首狩り族として有名なヒバロ族の59歳の男性です。

 今日は治療をしないので、Tシャツ姿のラフなかっこです。写真を見てくださればお分かりのように、日本人にそっくりで、大阪の町を歩いていても、まさか首狩りで有名なアマゾンのヒバロ族だとは、誰も気付けません。18歳のときからシャーマンとして8年間修業したらしいので、もう30年以上もさまざまな病気をとり扱ってきたわけで、日本で言えば、60歳前後の老練の医師にあたります。名前はカワサ・ピンチ・ファン。最初から、姓・母方の姓・名という順です。カワサなど、河佐という字があてられるほどです。このように先住民族の姓には日本の姓と非常に発音が似ている姓があるそうです。マスカという姓もあり、これは松田、あるいは松岡とよく間違ってしまうと、東江さんも言われます。
カワサさんは、特に、毒蛇、毒グモ、サソリにかまれたとき、そしてエイに刺されたときの治療にうまいとおっしゃる。アマゾン川には淡水エイがおり、魚を狩猟しているときにエイに刺されることがあるのです。尾の付け根に刺があり、刺がささると毒が注入され、最悪の場合、呼吸困難や痙攣を引き起こすことさえあるとおっしゃる。思わず、うーんとうなずいてしまいます。さすが、アマゾンのシャーマン!日本の内科の教科書には一行たりとも、そういうケースに対する治療は書かれていません。チベット医学にもアーユルヴェーダにも、エイはでてきません。ところ変われば品変わるで、医者の役目も変わってきます。
まだまだ、僕は井の中の蛙だったのです。世界は、こと医療に関しても、広大であり深遠であり、想像もしなかった病気とそれに対する治療があるのです。この瞬間に思い出したのが、人類学者であり構造主義の大御所であるクロード・レヴィ=ストロースです。彼はアマゾンの先住民と生活し、対話し、「親族の基本構造」、「悲しき熱帯」、「野生の思考」といった多くの名著を残し、101歳の誕生日を目前にして死亡した、知の巨匠です。
僕は少なくとも85カ国は旅をしていますが、この時、レヴィ=ストロースには、とてもかなわないと思ったのです。訪れた国の数ではなく、いかに異邦を訪れ、いかに異邦人と接触したかという、質の問題なのです。アマゾンとその先住民たちほどヨーロッパ人にとって、そして日本人にとっても、異邦であり異邦人であるものはありえません。僕はそこを訪れていなかったのです。たった今、その異邦からの一人の異邦人に出会い、「エイに刺された時の治療」という一言によって、いかに僕の見聞が貧弱であったかを悟らされたのです。レヴィ=ストロースの広範なフィールドワークと比べれば、僕の旅はしょせん単なる物見遊山にすぎなかったのです。彼と比べれば数多くの思想家たちでさえ実に貧弱に見えてしまいます。


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