1) コレステロール論争
日本には、「日本動脈硬化学会」、「日本人間ドック学会」、「日本脂質栄養学会」という三つの学会があります。その各々が、コレステロール・中性脂肪に関して、独自の考えをもっており、互いに反撥しあっているのが現状です。
たとえば、LDL-コレステロールの診断基準(男性の場合)。
女性の場合、「日本人間ドック学会」の基準は下記です。「日本動脈硬化学会」の基準は男女を区別せず、女性でも上記の140mg/dl以上を画一的に高LDL-コレステロール血症とみなします。
あなたが58歳の女性で、LDL-コレステロールが167mg/dlだとします。「日本動脈硬化学会」からいわせれば、高LDL-コレステロール血症ですから、治療の対象となります。しかし、「日本人間ドック学会」の基準では、まったく正常範囲内にあるわけですから、治療は必要なしとなります。「日本脂質栄養学会」の場合は、そもそも、総コレステロールは高めが長生きでき、LDL-コレステロールは高くても低くても、動脈硬化とは関係なしという見解で、高LDL-コレステロールに対する過剰な薬物療法は製薬会社と日本動脈硬化学会との悪しき癒着に由来するとまで極言します。
大半の医者は「日本動脈硬化学会」の基準に従って薬を処方します。したがって、基準が厳しければ厳しいほど、薬剤の処方は楽になり、開業医であれば収入アップにつながります。また、その分、たしかに製薬会社の利益につながります。
これを学会の「コレステロール論争」と呼び、いったいどの基準がまともなのか? 途惑うのは患者さんです。この論争に関しては、「臨床研究適正評価教育機構」が見解をだしており、おそらくこの見解が、第三者の視点からすればかなり的をえているのではないかと思われます。
要点は下記ですが、詳しくはhttps://j-clear.jp/teigen/teigen1.htmlを参考にしてください。
- 高コレステロール血症が動脈硬化性疾患の危険因子であることは多くの疫学研究によって確認されている。
- コレステロール値が高い方が長寿であると結論づけることは危険である。
- 動脈硬化性疾患の予防にはコレステロール値は低いほどよい、とする研究者の主な根拠は、 高血圧や糖尿病など冠動脈疾患のリスクの高い 症例や、すでに狭心症などの既往のある症例での二次予防に対する治療介入研究に基づいている。 しかしその結果をリスクの低い一般の人にまで敷衍することはできない。
- 脂質異常症の基準を一律にLDLコレステロール値140mg/dl以上とすることは、 被験者をラベリングすることで不要な治療を促す要因となりかねないことから好ましくない。
- 動脈硬化性疾患発症のリスクはコレステロール値のみでなく、高血圧、糖尿病、喫煙、家族歴などの他の危険因子や動脈硬化性疾患の既往も考慮したトータルな生活習慣病の管理が重要である。
2) 薬を使ってまで、コレステロールは下げるべきなのか?
先日おこしになった66才の男性患者Sさんです。総コレステロール253mg/dl、LDLコレステロールが160.3 mg/dlと、日本動脈硬化学会の基準値からすればかなり高い。そこで、医者から抗高脂血症剤をすすめられ、4日服用されました。ところが、5日目の深夜、不整脈がでてきて、今日も続いているということで、診察を受けにこられました。
心電図の所見は期外収縮で、血圧は正常でしたから、治療は不必要で、様子観察ということで終わりました。この患者さんは5年以上、LDLコレステロール、中性脂肪が日本動脈硬化学会の基準値より常に高く、しかも、家系的に心筋梗塞の方がおられました。それに、耳たぶにはフランク兆候があります。
したがって、どこの病院やクリニックに行っても、コレステロールや中性脂肪を下げなければ、いつなんどき、心・血管系の病気を発症してもおかしくないといわれ、その都度、抗高脂血症剤を処方されていました。
そして、まじめに、4~5日から1週間ほど、抗高脂血症剤を服用する。ところが、その都度、不整脈が発症し、かつ心臓自体にいいしれぬ重苦しさをおぼえる。そこで、服用を中断。それを3回繰り返されておられました。しかし、どこのクリニックや病院でも、抗高脂血症剤で不整脈がおこることはありえないといわれるのです。
抗高脂血症剤の中で頻繁に処方されるのが、HMG-CoA還元酵素阻害薬です。日本では、ロスバスタチン(クレストール)、ピタバスタチン(リバロ)、アトルバスタチン(リピトール)、フルバスタチン(ローコール)、シンバスタチン(リポバス)、プラバスタチン(メバロチン)、ロバスタチン(メバコール)と、それらのジェネリック(後発薬)が処方されます。これらHMG-CoA還元酵素阻害薬は、総じて「スタチン」と呼ばれており、ここでも、「スタチン」とよぶことにします。
コレステロールは食事由来が2~3割ほどで、残りの7~8割は肝臓で合成されます。まず、三大栄養素(タンパク質、脂質、糖質)の分解過程でできるアセチルCoAから、肝臓で次のように代謝されて、生成されます。
アセチルCoA → HMG-CoA(3-ヒドロオキシ-メチルグルタール酸-CoA)→ メバロン酸 → FPP(フェルネシンピロリン酸)→ スクワレン → コレステロール
HMG-CoA還元酵素阻害薬は、HMG-CoAがメバロン酸に代謝されるのに必要なHMG-CoA還元酵素の働きをブロックし、アセチルCoAが最終的にコレステロールになるのを阻害します。たいへんに効き目のある薬で、たいていの場合、総コレステロールやLDL-コレステロールはすぐに下がってきます。
しかし、スタチンには、まれですが横紋筋融解症という重大な副作用があります。また、筋肉痛、腹痛、発疹、倦怠感、血糖値上昇などをおこすことがあります。しかし、不整脈なる副作用は、どんな文献を見ても見当たらないのです。むしろ、スタチンは不整脈には効果的だという研究もあるくらいです。Sさんの不整脈に対しては、処方した医者たちが首をかしげるのは当然のことかもしれません。しかし、現実には珍しいですが、この患者さんのように、不整脈がおこることがあるようです。
スタチンは世界中で4000万人ほどの人が服用している、おそらく、先進国では最も多く処方されている薬でしょう。日本では、年間、3000億円以上の規模です。いいかえれば、製薬会社のドル箱になる薬です。そのため、数多くのエビデンスが集積され、その抗高脂血症作用は証明されています。また比較的に安全であるからこそ、膨大な数の人々が摂っているわけです。
ところがです。このスタチンに反旗をひるがえす医療関係者もかなりいるのです。最も基本的な反旗の理由は、「たしかに、スタチンはコレステロールを下げる。しかし、いったい、コレステロールを下げたからといって、どのくらい健康にメリットがあるのか?スタチンの副作用によるデメリットは、コレステロールを下げることによってえられるメリットをしのぐのではないか?さらに、総コレステロール値は高いほうが長生きできるというデータも存在する」です。ここがポイントです。
3) 総コレステロールの高い低いは、心・血管障害とは関係なし!?
かなり昔ですが、2003年7月16日の朝日新聞に載っていた記事を引用します。
“梗塞の発症とは無関係:血液中の総コレステロールの値は心筋梗塞(こうそく)を発症する危険性とほとんど関係がないとの調査結果を、青森県立保健大の嵯峨井勝教授(環境保健学)らが15日、東京都内で開かれた日本動脈硬化学会で発表した。関係するのは血圧や「善玉」と言われるHDLコレステロールの値だった。嵯峨井教授は「総コレステロールより血圧に注意し禁煙と運動で善玉コレステロールを増やすべきだ」と訴えている。同学会は、血液1デシリットル中の総コレステロールが220ミリグラム以上を「高コレステロール血症」と定め、心筋梗塞の可能性が高まるとして、喫煙者や45歳以上の男性、55歳以上の女性は220未満に抑えるべきだとの指針を発表している。220以上は全国で2300万人と推定されるが、今回の調査は指針に疑問を呈する形となった。嵯峨井教授らは、04年度に青森県内で健康診断を受けた40歳以上の男女1491人について、総コレステロール値やHDL、血圧、年齢、性別、喫煙の有無を調査。全国の男女5万人を6年間追跡して心筋梗塞の発症率を調べた別の調査と比較した。総コレステロールが260程度でも、大半の人の発症率は1%未満にとどまった。180程度でも、喫煙などの影響で同約5%に達する人もおり、総コレステロール値と心筋梗塞の発症率にはほとんど関係がなかった。”
Sさんの総コレステロール値は253 mg/dlでした。嵯峨井教授の研究では、「総コレステロールが260程度でも、大半の人の心筋梗塞の発症率は1%未満にとどまった」なのです。Sさんの場合、253ですから、260よりも低い。それでも、Sさんは不整脈を我慢してまでスタチンを服用すべきなのでしょうか?
しかも、ストロング・スタチンに属するアトルバスタチンを処方されていました。スタチンには、スタンダード・スタチンとストロング・スタチンの2種類があり、ストロング・スタチンの方が2倍も強力です。つまり、これを処方したドクターは、一刻もはやくコレステロールを下げるべきだというお考えのようです。
これについて、はっきりとした見解を述べている論文を紹介します。
日本脂質栄養学会の奥山治美氏(名古屋市立大学名誉教授)が、「LDL- コレステロールの上昇を伴わない動脈硬化の発症および 日本動脈硬化学会のガイドライン(2017 年版)に対する批判」で書かれている内容の一部を紹介します。
「スタチンは効かないばかりか、動脈硬化や心不全を発症させる機構が明らかとなった。スタチンやワルファリンは組織を虚血状態にし、抗酸化酵素を減らし、ビタミンK 2 – オステオカルシン – 各種臓器の連係を障害して動脈石灰化を促進し、ASCVD(動脈硬化性心脳血管病)、糖尿病、腎炎、骨折などの原因となる。」
そして、最後に、
「動脈硬化をコレステロールで説明するのは無理がある。その予防治療にスタチンを使うのはむしろ危険で、基本的には製薬会社の経済的な意味しかない。動脈硬化学会の GL はあまりにひどすぎる。このような GL を作っていては、かれらには有用なデータがないことを示すだけだ。」と締めくくっています。(‘GL’はガイドラインのことです)
リンク先 → https://www.jstage.jst.go.jp/article/jln/27/1/27_21/_pdf
当然、日本動脈硬化学会は黙っておれず、日本脂質栄養学会と論争を続けています。これが、最初に述べた「コレステロール論争」です。日本脂質栄養学会は「長寿のためのコレステロールガイドライン」を発表しています。
4) LDL-コレステロールも、心・血管障害とは関係なし!?
では、LDL- コレステロールの上昇がある場合はどうでしょうか。現在、最も一般的に受け入れられている学説は、心・血管系の病気を防ぐには、いわゆる悪玉と見なされている特にLDLコレステロールを下げなければいけないということです。これを証明する研究は数と質が整っており、反論の余地がないように見えるのです。(便宜上、ここではLDLを悪玉、HDLを善玉と分けて呼びますが、本来、善玉も悪玉もありません。それぞれ大切な役割があるのです)。
しかし、これにも反論する研究者がでてきたのです。University of New MexicoのRobert DuBroff氏らは、BMJ Evid Based Med(2020年8月3日オンライン版)に、スタチン、エゼチミブ、PCSK9阻害薬のいずれかによるLDL-C低下を検討したランダム化比較試験(RCT)のシステマチックレビューの結果心、血管疾患(CVD)イベントや死亡の回避において一貫したベネフィットは認められなかったと、報告したのです。
さらに、ベネフィットが得られた割合はLDL-C低下目標が非達成の試験でむしろ高かった。いいかえれば、LDL-コレステロールを下げた方が、かえって、死亡率が高くなってしまったという結果なのです。
そして、同氏は「ほとんどの科学分野では、矛盾するエビデンスの存在が、パラダイムシフトや疑わしい仮説の修正につながっていくのが普通だが、LDL-C低下とCVD予防の事例では、支配的なパラダイムに沿わないという理由だけで、矛盾するエビデンスがほとんど無視され続けてきた」と結論づけているのです。
日本の奥山氏も、アメリカのDuBroff氏も、心血管系の病気の主役はコレステロールであるという説にまっこうから反対されているわけです。
日本の医学界の主流は、心・血管の病気の発生を少なくするには、コレステロールは“The Lower, The Better”(低ければ低いほど良い)なのです。しかし、この概念も、12000人の被験者を使ったACCELERATE試験は、LDL-コレステロールを下げ、HDL-コレステロールを増やしても、心・血管の病気の発生には何ら寄与しないこと示したのです。
つまり、“The Lower, The Better”という概念は根底からくつがえされてしまったのです。この試験は、CETP阻害薬の効果を期待して、アメリカの巨大製薬会社イーライリリー・アンド・カンパニーが莫大な資金を投じて、36カ国543施設で実施したランダム化比較試験です。
CETPはcholesterylester transfer proteinのことで、HDL-コレステロールのコレステロールをLDLあるいはVLDL(超低密度リポタンパク)に移動させてしまうタンパクで、この働きを邪魔するのがCETP阻害薬(エバセトラピブ)です。したがって、この薬を使うことで、たしかにHDL-コレステロールは上昇し、LDL-コレステロールは減少するのですが、結果は、心・血管の病気(CVD)の発生率には何の影響も与えなかったのです。この結論に、コレステロールが動脈硬化の原因であるとみなしている数多くの研究者たちが当惑しているのが現状です。
この治験は主要評価項目を達成する見込みが低いというデータモニタリング委員会の勧告を受け、途中で中止になりました。
Evacetrapib and Cardiovascular Outcomes in High-Risk Vascular Disease
5) non-HDLコレステロール
どうやら、総コレステロールや、HDL-コレステロールとLDL-コレステロールの多寡を動脈硬化の最も重要な指標とするのは無理がありそうです。そこで、「non-HDLコレステロール」という新しい指標を、日本動脈硬化学会は2018年より導入しました。これは総コレステロールからHDL-コレステロールを引いた残りです。つまり、下記です。
non-HDLコレステロール= 総コレステロール-HDLコレステロール
これには、LDL-コレステロール、VLDL-コレステロール、レムナント(VLDLなどの中性脂肪を多く含むリポタンパクが変化した中間代謝産物)などが含まれています。つまり、
いわゆる善玉コレステロールを除いた、悪玉コレステロールばかりのコレステロールの集まりです。
特にVLDL(very low density lipoprotein超低密度リポタンパク)は、粒子が小さいがゆえに、血管内皮に多く入り込み、マクロファージに貪食され、プラークをつくりやすく、動脈硬化を惹起しやすいと考えられています。したがって、non-HDLコレステロールを指標とするほうが、心筋梗塞の発症リスクを予測するには精度が高いとみなされます。
日本動脈硬化学会の基準値によると、170mg/dl以上は高non-HDLコレステロール、150~169mg/dlは境界域高non-HDLコレステロールに分類されます。
Application of non-HDL cholesterol for population-based cardiovascular risk stratification: results from the Multinational Cardiovascular Risk Consortium
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S014067361932519X
6) LDL /HDL(LH比 = LDL-コレステロール / HDL-コレステロール)
また、LDL-コレステロールとHDL-コレステロールの比率が重要であるとみなす考えもあります。なぜなら、LDL-コレステロールが高くても、HDL-コレステロールがそれ相応に高い場合、HDLが血液中の余分なコレステロールを肝臓に戻してくれるからです。
LH比による血管のおよその目安
一見するとリスクがなさそうな数値の人でも、LH比を計算すると、意外と危ない状態であることがわかることがあります。例えばLDL-コレステロールが119mg/dl、HDL-コレステロールが42mg/dlの場合、どちらも基準値範囲内です。しかし、LH比は119/42=2.8となります。2.5以上ですから、血栓ができているかもしれません。お手元にはきっと健診の記録が残っているはずですから、ご自分で計算してください。
しかし、LDL 、HDLにも種類があります。small (dense) LDLは動脈硬化を促進し、large (buoyant) LDLは動脈硬化を促進しにくいのです。かたや、small HDLは動脈硬化を予防するが、large HDLはその機能をもたないといわれています。
そして、最近の研究によると、HDLの表面にアポリポタンパクC-Ⅲ(apoC-Ⅲ)という炎症性タンパク質がついている場合、心疾患のリスクがおよそ2倍になるのです。また、頸動脈内膜-中膜の厚さ増やします(動脈硬化の一つの指標)。apoC-ⅢはLDLについている場合は特に有害であることはわかっていますが、HDLについている場合もそうなのです。しかし、apoC-Ⅲがついていない場合は、HDLは心臓保護の強い作用をするのです。(アポリポタンパクについては、もう少し詳しい説明を後で書きます)。
これはハーバード大学公衆衛生学部の心血管疾患予防学のFrank Sacks教授を中心とした人たちが研究を続けています。少し専門的になりますが、興味のある人は「apolipoprotein C-III Sacks」と検索してください。
LH比は、LDLやHDLのサイズや、apoC-Ⅲがついている場合とついていない場合の区別をいっさいしないで、単純にLDL-コレステロールとHDL-コレステロールの比率を計算しただけの数値です。したがって、どれほどの信憑性があるのだろうかと、だれしもが考えてしまいそうで、心筋梗塞発症の危険性に関しては、non-HDLコレステロールのほうが、LH比よりも、正確な指標となると考える研究者もいます。しかし、いずれにせよ、二つとも、普通の健康診断で得られるHDL-コレステロール、LDL-コレステロール、総コレステロールなどの値から簡単に計算できますので、およその目安として使うのは便利です。
Lipoprotein ratios: Physiological significance and clinical usefulness in cardiovascular prevention
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2747394/
7) ApoB/ApoA I
しかし最近は、LH比より、アポリポタンパクの比率のほうが、より正確な指標となるという研究がなされています。つまり、 ApoB/ApoAI比です。ここで、みなさんが聞きなれていない言葉がでてきましたので、簡単に説明しておきます。
まず、図を見てください。これはLDLです。血管を流れるときに、コレステロールはこのような粒子の中につまって流れます。
コレステロールや中性脂肪といった脂質は、水溶性環境である血液には溶けません。水と油はまじわることはできないのです。そこで脂質が血液中を流れるには、図のような粒子の形をとります。この粒子を構成しているのが、コレステロール、中性脂肪、リン脂質、アポリポタンパクなどです。この粒子をリポタンパクと呼びます。
コアの部分にはコレステロールエステルと中性脂肪が閉じ込められており、その周りの被膜は、水に馴染むリン脂質や遊離コレステロールで構成されています。その被膜にアポリポタンパクがついています(アポリポタンパクは数種類ありますので、後述します)。
アポリポタンパクは、「リポ」が省略されて「アポタンパク」としばしば呼ばれます。よく混同されるのですが、「リポタンパク」と「アポタンパク」は違っています。リポタンパクを構成している素材の一つがアポタンパク(正式にはアポリポタンパク)なのです。つまり、上図をもっと簡略化すると、下記になります。
リポタンパク
内側:コレステロールエステル、中性脂肪
外側:遊離コレステロール、リン脂質、アポタンパク(=アポリポタンパク)
アポリポタンパクはリポタンパクと結合し、血中のコレステロール輸送を促進する構造的、機能的成分です。アポリポタンパクA-I (apoA-I)、アポリポタンパクA-II (apoA-II)、アポリポタンパクB-48 (apoB-48)、アポリポタンパクB-100 (apoB-100)、アポリポタンパクC-II (apo C-II)、アポリポタンパクC-III (apo C-III)、アポリポタンパクE (apoE)のように分類されます。
遊離コレステロールは、脂質ですが、多少水に馴染み、動き易いので、細胞膜やホルモンの材料としてつかわれます。コレステロールエステルは遊離コレステロールに脂肪酸が結合した構造をしていますので、水とまったく馴染むことがなく、安定した形で、いわば保存用のコレステロールです。リポタンパクのコレステロールは、ほとんどがコレステロールエステルの形で存在しています。
HDL-コレステロール、LDL-コレステロールとよくいわれますが、HDLとはHigh Density Lipoprotein(高比重リポタンパク)であり、LDLとはLow Density Lipoprotein(低比重リポタンパク)のことで、コレステロールそのものではありません。コレステロールそのものは、HDLに含まれていようが、LDLに含まれていようが、まったく同じものです。運ばれるための粒子、いわばカプセルの組成や大きさが違っているだけなのです。
これらリポタンパクは、脂質の構成成分の割合によって、カイロミクロン、VLDL(超低比重リポタンパク)、LDL(低比重リポタンパク)、 HDL(高比重リポタンパク) と、4つに分類されます。IDL(中間比重リポタンパク)を加えて、5つに分類することがありますが、簡略化を期して、ここでは、4つにしておきます。
E-Cho :コレステロールエステル
F-Cho :遊離コレステロール
VLDL:apoB-100 (37%)、apoC-II(6.7%)、 apoC-III(40%)、apoE(1%)
LDL:apoB-100 (98%)
HDL:apoA-I(67%)、 apoA-II(22%)
以上、長々と説明しましたが、「ApoB/ApoA I」の本題に戻りましょう。アポリポタンパクであるapoBとapoAIの比率です。この比率が高ければ、高いほど、心・血管系病変のリスクがたかまります
アポリポタンパクの検査は健康保険が適用されますから、大学病院などでは検査してもらえます。
Lipids, lipoproteins, and apolipoproteins as risk markers of myocardial infarction in 52 countries (the INTERHEART study): a case-control study. Lancet 2008; 372: 224–338
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(08)61076-4/abstract
The Apo B to Apo AI Ratio
https://www.optimaldx.com/blog/optimal-the-biomarkers-apo-b-apo-a1-ratio
8) Lp (a)
Lp(a)はLipoprotein(a)の略ですが、Lp(a)という表記が一般的に使われています。LDLの変種の一つで、アポリポタンパクAを含んでいます。ふつうのLDLに含くまれているアポリポタンパクは98%がアポリポタンパクBです。そのapoBにapoAが結合しています。Lp(a)はノルウェーの研究者Kåre Bergによって1963年に発見された、比較的新しいリポタンパクです。
これは年齢、性別、喫煙、総コレステロール、中性脂肪、血圧、糖尿病罹病期間、肥満、などとは独立した危険因子で、30mg/dlをこえると、動脈硬化が急激に増え、心・血管系の病気を発症しやすくなります。Lp(a)は単なるバイオマーカーではなく、心・血管系の真の危険因子とされています。
Lp(a)を構成するapo(a)の構造がプラスミノーゲンに高い相同性があり、LDLとしての危険性以外に、Lp(a)は血管内皮細胞に働きPAI-1(plasminogen activator inhibitor-1)産生を亢進させ、線溶系を抑制します(つまり、血液の粘度を増す)。そのため血栓の形成を促しやすく、普通のいわゆる悪玉LDLよりも危険な因子だとされています。血液中の濃度は人種によってかなり違いがあり、アフリカ系の人たちは、それ以外の人たちの2~3倍のLp(a)の値を示します。
9) 中性脂肪 ( TG : triglyceride)
中性脂肪は、脂肪という字から、べたべたと血管壁にこびりついて、血管を防ぐようなイメージがありそうですが、そうではありません。構造からして中性脂肪はコレステロールとはまったく違った物質です。
しかし、中性脂肪も動脈硬化をひきおこす危険因子だとされています。その理由は、中性脂肪が増えると、善玉のHDL-コレステロールが減ります。また、同時に、悪玉コレステロールのLDLの中でも、超悪玉の「小型LDL」が発生します。この二つの作用で、動脈硬化が促進されるというのが、日本動脈硬化学会の説明です。
中性脂肪が84mg/dl未満時の心筋梗塞発症率を1としたとき、167mg/dlをこえると、男女とも相対的リスクは2.7~2.8倍に上がります。(Iso H, et al. Am J Epidemiol 2001; 153: 490-9.)。また、500mg/dlをこえると、急性膵炎の発症率が高まります。
160mg/dlあたりから急に動脈硬化のリスクが高まり、200~300mg/dlと中等度に高い場合、特に危険だとされています。しかし、中性脂肪が150~200mg/dlくらいの人はけっこうおられるのが現実で、それでも健康な人が多い。これは採血のタイミングが大きく影響していると考えられます。コレステロールの値は食事の影響をほとんど受けませんが、中性脂肪の値は食後に著しく上昇します。少なくとも14~16時間は絶食してから採血してもらって下さい。そうでないと正確な値がでてこないのです。アルコールもだめです。アルコールと脂肪を同時に摂取すると、半日後にでさえ、通常の2倍の値がでてくるのです。
たとえば、健康診断の前夜12時ごろまで会社のつきあいで飲んで、しかもつきだしが、「からすみ」だったとします。そして、翌日午前10時ごろに採血したとなると正確な値がでるわけがないのです。採血の前日は夕食を遅くとも午後7時ごろまでに終え、それから水以外は何も摂取せず、もちろん朝食も抜きで、検査に臨んで下さい。(もっとも、最近、特にヨーロッパでは、空腹時にこだわらず、随時に採血した検体を使うことをすすめることがあります。しかし、日本ではまだ一般的でないので、空腹時の検体を基準にしておきます)。
日本動脈硬化学会の中性脂肪の基準値は30mg/dl~149mg/dlで、150mg/dl をこえると高中性脂肪血症とされます。日本人間ドック学会の最近の基準は、男性が39~198mg/dl、女性が 32~134mg/dlです。いずれにせよ、200mg/dlをこえた場合は、事態を真剣にとらえたほうがよさそうです。というのは、心・血管系の病気もさることながら、脂肪肝にもなるからです。
中性脂肪が過剰な場合、動脈硬化以外に、特に非アルコール性脂肪性肝(NAFLD)になる可能性が高まります。日本では、現在およそ2000万人がこの疾患にかかっており、肝硬変、肝臓がんと移行することがあります。詳しくは「脂肪肝」のページで解説しますので
そこをお読みください。したがって、中性脂肪は動脈硬化予防だけでなく、脂肪肝予防のためにも、適正な基準におさえておくべきなのです。
それには、食事と運動です。意外と誤解されているのが、あぶらっこいものを食べると中性脂肪が増えるのではないだろうかです。そうではなく、糖質の摂りすぎなのです。中性脂肪も、糖質や脂肪酸から肝臓で合成されます。「糖質制限」の食事をことさらすすめるわけではありませんが、白飯、うどん、スパゲッティなどは、ほどほどの量にしてください。
中性脂肪はコレステロールとちがって、身体活動のエネルギーのために貯蔵されるわけですから、「運動」すれば当然減ります。
高中性脂肪血症には、特にフィブラート系の薬剤が処方されます。しかし、この薬は胆石をもっている人には使えません。しかし、知らないで胆石をもっている人はけっこう多いのです。また、スタチン系の薬と組み合して処方された場合、横紋筋融解症などの副作用が発生しやすくなります。したがって、できるだけ、薬に頼らずに中性脂肪をコントロールしたいものです。まずは運動です!!
それと、後述します、パントテン酸(ビタミンB5)、ヘスペリジン(特に糖転移ヘスペリジン)、ベルベリン、DHA・EPAも中性脂肪を下げてくれます。
10) スタチン or ノットスタチン?(Statin or Not Statin?)
総コレステロールから始まって、LDL-コレステロール、non-HDLコレステロール、LH比、ApoB/ApoAI比、Lp(a)、とまだまだ新しい指標がでてくるでしょう。そもそも、コレステロールに関しては、はてしなく研究の余地が残されており、それがゆえに、「コレステロール論争」が続いているのです。つまり、何が決定的な真実であるか未だに不明なのです。
したがって、LDLの基準値を男女・年齢を考慮せず一律に140mg/dl 以上を高LDL-コレステロール血症として、抗高脂血症剤スタチンを投与するのは納得がいきません。特に女性の高齢者に対してスタチンを処方するのは、糖尿病、高血圧、肥満を合併していないかぎり、心・血管系の病気が多い欧米でもまず考えられないことなのです。
私は数年ほど前まで、総コレステロール、LDL-コレステロールなどは、家族性高脂血症に見られるほど異常な数値でないかぎり、そのまま放置しておいたほうが良いとしていました。人体は、その人にとって、何らかの理由で必要であるからこそ、いわゆる悪玉と呼ばれるLDL-コレステロールさえ増やし、心筋梗塞発生の確率と、がん発生の確率や免疫低下による感染症罹患の確率などを計算した上で、その人にとって最も生存率が高くなるように調整しているのだろうという見方をしていました。
しかし、2017年に“Lancet”に発表された、アマゾン原住民のチマネ族の冠動脈硬化症の研究論文を読んでから、脂質異常は是正しておいたほうが体のためになると考えるようになりました。75才以上のチマネ族のうち、その65%の人たちのCAC (coronary artery calcium) Score (冠動脈石灰化指数)が0という、驚くべき数値だったのです。これは、現在まで知られている世界最低のレベルです。細菌や寄生虫による炎症性の疾患が彼らには多く存在するにもかかわらず、世界で最もきれいな血管を有している人たちなのです。それには、低いLDL-コレステロール(平均90mg/dl)、低い血圧、低い血糖値、正常なBMI、(禁煙、十分な運動)が寄与していると、研究者たちは結論づけています。つまり、「低いLDL-コレステロール、低い血圧、低い血糖値」の「3低」は、世界一きれいな血管を保障してくれるのです。(もっとも、だからといって、彼らが長命だというわけではありません。平均70才前後ということで、心・血管系の病気が死因でなく、細菌感染や寄生虫、医療施設へのアクセスが難しいこと、などによって寿命が縮まっているのです)。
Coronary atherosclerosis in indigenous South American Tsimane: a cross-sectional cohort study
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(17)30752-3/abstract?elsca1=tlpr
The Tsimane Health and Life History Project: Integrating anthropology and biomedicine
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5421261/
したがって、「日本動脈硬化学会」の基準ほど厳しいものではなくても、「日本人間ドック学会」の比較的ゆるい基準でよいので、少なくとも特に高LDL-コレステロールは、是正するべきだと考えています。
しかし、家族性高脂血症、糖尿病の合併、ひどい高血圧、心・血管系の既往歴などがない場合、可能なかぎり医薬品は使わないで対処したいものです。特にスタチンはできればさけたほうが良いでしょう。最初に書いたように、スタチンは肝臓のHMG-CoA還元酵素の働きをブロックします。つまり、人為的に本来の肝機能を阻害するわけですから、長期にわたってスタチンを摂り続けると、副作用がでないことはないはずです。
これは、「日本脂質栄養学会」の基本姿勢です。私はその学会に属しておりませんが、スタチンはできるだけ使わないという姿勢に関しては非常に賛成です。
スタチンを摂り始めても、大半の人は何の異常も感じませんが、特に、60歳以降の人は、もの忘れがひどくなることがよくあります。しかし、それがスタチンのせいだと気づけなく、年のせいだと、かってに解釈されてしまうことが多いのです。アルツハイマー病の患者さんが経験するようなひどい物忘れであれば、ご本人も、ご家族も、これはかなり異常だということで、ひょっとすると最近のみ始めた抗高脂血症剤(スタチン)のせいではないだろうかと疑うのですが、少し人の名前がでにくくなったくらいでは、薬の副作用だとは思わないのです。また、精力減退、倦怠感、やる気の欠如。これらも、年齢や更年期(男性更年期も含めて)のせいでよくおこりますから、スタチンの副作用によるものかどうかの判別がつきにくい。また、非常にまれですが最初に述べたSさんのように不整脈(あるいは頻脈)がでることがありますが、これははなから、そんな副作用はありえない、むしろコレステロールが高かったのをスタチンで急に下げていく過程の一時的な症状であるという、あまり納得のいかない理屈で無視されてしまうことがあります。
筋肉痛はスタチンの有名な副作用ですし、多くの医者は、「もし、筋肉痛がでれば、すぐに報告してください」と処方時に説明しますから、患者さんは気づきます。したがって、スタチンの副作用は筋肉痛(そして、最悪の場合、横紋筋融解症)以外ないとされがちなのです。
しかし、忘れてならない副作用に、スタチンは血糖値を上げる傾向もあることです。54歳の男性Tさんの例をあげます。この方は、アトピー性皮膚炎の19歳の娘さんの治療のため、娘さんを連れて私のクリニックにおこしになりました。そのついでに、ご自身の健康相談もしてほしいということで、過去数年の、健診の結果をもってこられました。花粉症以外、健康そのもので、総コレステロールとLDL-コレステロールが日本動脈硬化学会の基準値より、二つとも常に10~20mg/dlほど高い以外、ここ10年ばかり会社の健診ではまったく異常なしです。身長174cm、体重61kg、血圧124/76mmHg、脈拍70、心電図異常なし。食事の基本は和食中心で、できるだけ野菜や魚を多く摂る。コーヒーには白砂糖の代わりにステビアを使う。週に最低2回はジムで500メートル泳ぎ、30分筋トレをする。会社には一駅手前で降りて15分は歩く(往復で30分)。かなりの健康オタクです。
2週間前の検査で、HbA1cが、いつもの5.3~5.5%が、5.7%に上昇。空腹時血糖値が95~105であったのが、114となった。糖尿病予備軍とまではいかないが、どうも気にかかるということなのです。家系的には糖尿病の患者さんはおられません。
何か特別に食事や生活習慣を変えたとか、サプリメントを摂り始めたことはないですかとたずねたところ、プラバスタチン(メバロチン:スタンダード・スタチンの一種)をのみ始められたとのことです。
総コレステロールとLDL-コレステロールが基準値よりも高いことと、5歳年上の兄が狭心症のためにステントを入れていることで、健診のあるごとに、社医からスタチンの服用をすすめられていました。もともと健康で、薬嫌いなのですが3ヵ月ほど前に、その兄が再度入院したことがきっかけになり、ついに意をけっして、社医がすすめるとおり、抗高脂血症剤をのみ始められたのです。
TさんのHbA1cと空腹時血糖値の上昇はおそらくスタチンの影響だと考えられます。ここで、私が強調したいのは、たった3ヵ月スタチンを服用しただけで、血糖値に異変がおこる人がいるということです。極端な例では、わずかな変化ですが、2~3週間でもおこります。しかし、10年以上スタチンをのんでおられる人はずいぶんおられます。当然、血液検査を定期的に行い、異常がないから服用し続けておられるわけです。つまり、人によってスタチンに対する感受性は違っており、問題は、それを前もってチェックする方法が確立されていないということなのです。
もしTさんが、血糖値の異変に気づかず、2年も、3年も飲み続けた場合、最悪のばあい本格的な2型糖尿病に移行していたかもしれません。
余談ですが、スタチンを毎日服用しているにもかかわらず、2年以上血液検査をしていない患者さんがおられました。特に空腹時血糖値やHbA1cなどが多少上昇していても、何の自覚症状もおこりません。したがって、異変が気づかれないのです。必ず、できれば半年に1度は血液検査をしてください。
また、よく考慮しなければならないことは、1件の心血管イベントをスタチンによって回避するには、高齢者(50~75歳)の場合、2年半の治療期間が必要だということです。特に高齢者に対する予防介入は、治療開始から予防効果が得られるまでの期間が余命より短くなければ意味がないどころか、副作用によってむしろ寿命を縮める可能性すらあるのです。
Evaluation of Time to Benefit of Statins for the Primary Prevention of Cardiovascular Events in Adults Aged 50 to 75 Years
https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2773065
スタチンの問題点
もしあなたがご自分でいろいろと勉強され、スタチンによる抗高脂血症作用に納得し、普通の病院が真っ先にすすめるスタチンをこれから服用しようとされるなら、それはそれで良いのです。たしかにスタチンはコレステロールを下げるには抜群の効果があります。健康保険も使えますから、往々にして、サプリメントよりも安価にすみます。
しかし、スタチンを服用し始める前に、まず、甲状腺の機能を検査してもらってください。高脂血症の約10%は甲状腺機能低下によって引き起こされているといわれています。採血して、FT4とTSHを調べるだけですから、じつに簡単です。いちばん良いのは、コレステロールや中性脂肪を測定するための採血のときに、FT4とTSHの検査項目を追加してもらうことです。本来なら、患者さんが何もいわないでも、医者がそうするべきなのですが、FT4とTSHを検査しないで、いきなり、スタチンが処方されることが非常にしばしばあります。
甲状腺ホルモンは肝臓におけるHMG-CoA還元酵素を活性化する作用があります。また小腸におけるNiemann-Pick C1-like 1(NPC1 L1)の発現を低下させます(ルテオリンのところをお読みください)。したがって、甲状腺ホルモンが十分に分泌されていなければ、当然、コレステロールも上昇します。
甲状腺機能低下のために高脂血症がおこっているのであれば、スタチンはまったく不必要であるばかりか、その副作用はひどくでます。(Endocr J. 2006 Jun; 53(3):401-5.)(Eur Thyroid J. 2015 Mar;4(1):62-4.)
まずは、甲状腺機能検査です。それで、異常がないにもかかわらずコレステロール、特にLDL-コレステロールが高い場合は、コレステロールをターゲットにした治療です。そこで、ふつうはスタチンが処方されます。
しかし、その場合、CoQ10とオメガ3不飽和脂肪酸も同時にお摂りになるべきです。なぜそれらが必要であるか、ここで説明します。アセチルCoAからコレステロール、CoQ10、Rho/Rhoキナーゼ(アラキドン酸に関与する酵素)への代謝経路を見ながら、お読みください。
1)スタチンはCoQ10を枯渇させる。
1の代謝経路に注目してください。
スタチンのためにメバロン酸の生成が阻害されると、FPP(フェルネシンピロリン酸) → DDP(デカブレニルピロリン酸)の経路が阻害され、4-ヒドロキシ安息香酸がチロシンから十分に代謝されても、CoQ10の生成はうまくいかず、不足してきます。
CoQ10はコエンザイム(補酵素)Qともよばれ、人体のあらゆる細胞に存在し、エネルギー産生に深くかかわっています。それがゆえに、最も多く含有されている場所は、細胞の電力発電所とよばれるミトコンドリアです。しかも、心筋です。心筋梗塞がおこる、まさに心筋なのです!!
CoQ10についての一般的な解説は、「現代の病気を解く6つのキーワード 活性酸素とフリーラジカル2 見過ごされていた抗酸化物質、CoQ10 をお読みください。
LDLが高いと危険だとよくいわれますが、LDLそれ自体が危ないのではなく、それが酸化されると危ないのです。酸化LDLは動脈の内皮細胞を直接に障害し、内皮細胞の一酸化窒素(血管弛緩させるのに重要な役割を果たします)産生能力を阻害するからです。また、酸化LDLは、白血球を泡沫細胞に変える遺伝子の発現を行います。そのLDLの酸化を防ぐ、たいへん効果的なサプリメントがCoQ10なのです。ビタミンEなどの脂溶性の抗酸化物質よりも、強力にLDLの酸化を防いでくれます。
CoQ10のサプリメントを選ぶときは、必ず還元型のものにしてください。還元型の方が8倍も効果的です。外国製品の場合、成分表示に「ubiquinol」と表示されています。ちなみに「ubiquinone」は酸化型です。
2) スタチンは悪性のエイコサノイドを増やす。
2の経路に注目してください。
スタチンはHMG-CoAがメバロン酸に代謝されるのを阻害します。したがって、コレステロールの生成が阻害されますが、同時にGGPPの産生も抑制され、結果的に、Rhoキナーゼの働きも抑制されます。すると、アラキドン酸の合成に関与する3種類の酵素(Fads1、Fads2、Elovl5)の遺伝子の発現がおこり、アラキドン酸の合成が促されます。
アラキドン酸からはさまざまなエイコサノイドが代謝されてきますが、悪性のエイコサノイドの方が多いのです。つまり、炎症性であり、血管収縮、血小板凝集促進、免疫力低下、アレルギー症状増悪させるエイコサノイドです、詳しくは「炎症とエイコサノイド」をごらんください。
したがって、スタチンを服用するときは、エイコサノイドの代謝経路を考慮して、アラキドン酸と対抗させるためにオメガ 3 不飽和脂肪酸を多く含む油、例えば、魚油、フラックスシードオイル、エゴマオイル、サチャインチオイルなどを摂るべきです。その中でも、特にエゴマオイルがすすめられます。その理由は、下記のルテオリンのところに書いています。
3) ミルクシスル
ミルクシスル(マリアアザミ)については、あとで詳述しますが、主成分はシリマリンというフラボノリグナンの混合物です。先に書きましたように、スタチンの副作用の一つに血糖値を上げることがあります。しかし、ミルクシスルと一緒に摂れば、それを和らげてくれます。また、同じコレステロール降下作用を得るのに、スタチンの量を減らすことができます。
結論
スタチンをお摂りになる前に、必ず甲状腺機能を検査する。これは、鉄則です。
それで異常がなく、スタチンの服用を開始される場合、CoQ10、エゴマオイルを同時に摂ることがすすめられます。できれば、それらにミルクシスルも足されたら良いでしょう。
ただし、CoQ10は摂り方のむつかしいサプリメントで、100mg/日を2週間毎日摂って、次の2週間はまったく摂らないというパターンのほうが安全です。人によっては、心筋の活動が良くなりすぎて、違和感を覚えることがありますから。何事も過ぎたるは及ばざるがごとしなのです。